点评:辰野金吾設計による明治の薫り漂う重要文化財、お金の総本山「日本銀行本店」を見学。外観からして中央銀行らしい威厳に満ちていますが、中に入るとさらに興味深い発見の連続。撮影禁止の場所が多いため、印象に残ったことを備忘録的に・・・
【平成の鬼平 三重野総裁の決意】
見学のハイライトの一つは、歴代総裁の肖像が並ぶ廊下。バブル退治を断行した第26代 三重野康総裁までは重厚な油彩の肖像画ですが、それ以降は、親近感はあるものの少しチープな感じのポートレート写真へ・・・。風格のある油彩は激動の時代とともに終焉を迎え、歴史の中の出来事になってしまった感じです。土地神話を力ずくで鎮静化させた不動産融資の総量規制。今振り返れば、そのブレーキはあまりに急激で、日本経済を窒息させたという「やりすぎ」の評価も根強くあります。しかし、三重野総裁の鋭い眼光を宿した肖像画を見ていると、ソフトランディングなどという生易しい選択肢は許さない、狂乱物価の時代を終わらせるのだという強い決意が伝わってきます。
【焼け跡の朝焼け 渋沢総裁の覚悟】
肖像画の中で一際異彩を放っていたのが、第16代 渋沢敬三総裁。他の総裁とは決定的に異なる姿で描かれています。背景は格式の高い執務室ではなく、吹きさらしの屋外。描かれているのは、空襲で焦土と化した東京の街並みと、復興を予感させる朝焼け。祖父の渋沢栄一が築き上げ、自らが守るべき近代日本が燃え尽きた絶望の淵で、地位に伴う誇りなどではなく、文字通り国を背負うという、逃げ場のない孤独なまでの責任感と覚悟を感じます。
【地下金庫の大谷翔平】
最大の見どころは、地下大金庫です。そこには、大リーグの大谷翔平選手の契約金(1,015億円)と同額の模擬紙幣が山積みに。その圧倒的なボリューム感!! ふと、自分のサラリーマン人生で積み上げてきた生涯賃金を、頭の中で山の横に並べてみました。数字ではなく物量として可視化されると、唖然とするのを通り越して清々しさを感じます。
【軟弱地盤を克服した建築技術】
石積・煉瓦造の日銀本館を設計した辰野金吾は、煉瓦造は地震の横揺れに弱いという点を留学先の英国で学んでいます。それゆえ、当時としては過剰なまでの対策が施されているそうです。壁の中には鉄骨を通しボルトで一体化、建物の直下には厚さ2.6mの巨大なコンクリート地盤が敷設され、軟弱地盤の上に浮かせた船のような感じでしょうか。その技術力の高さは、1923(大正12)年の関東大震災で証明されました。周囲の建物が崩壊し街が瓦礫と化す中、日銀本館は立ち続けて業務を継続。火災によりドームなど一部は消失したものの、建物が地震に耐えたのは震災への恐怖を凌駕する技術の賜物。さらに驚いたのは、重要文化財である意匠を守りつつ、明治生まれの本館と昭和生まれで低層の旧館(2号館・3号館)は免震化されているということ。地下フロアーの一部が強化ガラスでスケルトン化され、免震装置らしき物を見ることができます。石積・煉瓦造の建物を後から免震化するのは想像を絶する技術です。辰野金吾が考案した分厚いコンクリート地盤が免震装置を設置するための基礎になったのでしょう。一方、1973(昭和48)年に竣工した高層の新館(旧1号館)は、当時、高層建築に免震装置を設置する技術が確立されていなかったため、免震構造ではなく耐震構造なのだとか。
江戸の昔、この地は「金座」と呼ばれ、金貨が作られていました。目と鼻の先の「銀座」は、かつての銀貨鋳造所の役目を終え、今では世界を惹きつける流行の発信地に変貌。目下、日本橋の頭上を覆う首都高速を、地下へ移す壮大な工事が進行中。工事が完成した暁には、辰野金吾が設計した本館が本来の美しいスカイラインを背景に甦り、再びその姿と再会できるのが楽しみです。
翻译:我参观了日本银行总部,这座由辰野金吾设计的国家级重要文化财产,散发着明治时代的气息,是金融中心的所在地。单是外观就气势恢宏,不愧为中央银行,而内部更是处处充满惊喜。由于很多地方禁止拍照,我将把一些印象记录下来……
【平成恶魔——三野泰志的决心】
此次参观的一大亮点是挂满历任行长画像的走廊。直到第26任行长三野泰志——他果断地终结了泡沫经济——画像都是厚重的油画。然而,从那以后,画像就变成了更平易近人但略显廉价的照片……随着时代的变迁,那些庄严的油画也逐渐被历史所取代。强行遏制土地神话的房地产贷款限制措施,至今仍被视为反应过度,有人认为这些措施过于激进,扼杀了日本经济。然而,从三野会长的肖像中,我们能感受到他目光锐利,决心终结失控的通货膨胀时代,拒绝接受软着陆之类的简单方案。
【废墟上的晨曦:涩泽会长的决心】
在众多肖像中,第十六任总统涩泽惠三的肖像尤为引人注目。他的形象与其他总统截然不同。背景并非正式的办公室,而是露天场所。画面展现的是空袭后化为灰烬的东京城市景观,以及预示着重建的晨曦。在绝望的深渊中,眼看着祖父涩泽荣一缔造、他本应守护的现代日本化为灰烬,他感受到的并非身为之人的骄傲,而是一种无可逃避的责任感和决心,一种肩负国家重担的孤独感。
【大谷翔平在地下金库】
最令人震撼的是地下金库。那里堆积如山的模拟钞票,相当于美国职业棒球大联盟球员大谷翔平的签约奖金(1015亿日元)。数量之巨令人瞠目结舌!我突然意识到,自己毕生积攒的财富,与这座“山”相比,简直不值一提。当这一切不再是数字,而是以庞杂的规模呈现时,那种震撼远超想象,令人耳目一新。
【克服软土地基的建筑技术】
日本银行总部大楼由石砖结构建造,其设计者辰野金吾在英国留学期间了解到,砖砌建筑容易受到地震侧向摇晃的影响。因此,据说当时采取了过度的抗震措施。钢框架穿过墙体并用螺栓固定,大楼正下方铺设了厚达2.6米的混凝土基础,使建筑如同漂浮在软土地基上的巨轮。这项技术的卓越性能在1923年的关东大地震中得到了验证。周围建筑纷纷倒塌,城市化为废墟,而日本银行总部大楼却屹立不倒,继续运营。尽管穹顶等部分在火灾中损毁,但这座建筑能够经受住地震的考验,充分证明了当时的技术超越了对灾难的恐惧。更令人惊讶的是,在保留其重要文化遗产设计的同时,主楼(建于明治时代)和较低层的老建筑(2号楼和3号楼,建于昭和时代)都进行了隔震处理。部分地下室地面采用钢化玻璃框架结构,可以看到疑似隔震装置。在砖石建筑建成后进行隔震,这在技术上堪称一项难以想象的壮举。辰野金吾设计的厚实混凝土基础很可能就是安装隔震装置的基座。另一方面,1973年(昭和48年)竣工的高层新楼(原1号楼)显然是抗震结构而非隔震结构,因为当时高层建筑隔震装置的安装技术尚未成熟。
江户时代,这片区域被称为“金座”,是铸造金币的地方。仅咫尺之遥的“银座”已不再是昔日的银币铸造地,而是摇身一变,成为引领潮流、吸引全球目光的中心。目前,一项规模宏大的工程正在进行中,旨在将横跨日本桥的首都高速公路改建为地下隧道。工程竣工后,我们期待着看到由辰野金吾设计的主楼在昔日壮丽的天际线映衬下重现昔日风采,并再次与它相聚。